これからも資本主義は続くのか?「利潤資本主義」から「倫理資本主義」について

[最終更新日]2021/08/10

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これからも資本主義は続くのか?

これまで、経済的に豊かになることと人生を幸福なものにすることは、資本主義社会において「ほぼイコール」の関係と捉えられてきました。

利益を追求し経済的な成功を収めることが、結果的に世の中全体の幸福をもたらすという論理で社会活動が営まれてきたからです。

一方で、近年になってからは「現在の資本主義は、変えていく(アップデートしていていく)必要がある」と訴える人が一層増えてきています。
そうした声の中で、特に重要ワードとなりつつあるのが、「倫理資本主義」という言葉です。

今回は、倫理資本主義とは何か?を整理しながら、これからの資本主義のあり方について考えていきます。

資本主義が今後どうなっていくのか、倫理資本主義とは何かを知りたいと考えている人は、ぜひ参考にしてください。

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目次

これからも資本主義は続く?利潤資本主義と倫理資本主義について

陰気くさい、嘆きの溜息が四方の壁から聞えている時、自分たちだけの幸福なんてある筈は無いじゃないか。太宰治『斜陽』より

“陰気くさい、嘆きの溜息が四方の壁から聞えている時、自分たちだけの幸福なんてある筈は無いじゃないか。”
(太宰治『斜陽』より)

アダム・スミス(Adam Smith、1723 – 1790 イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者)は『国富論』において、「個人の利益の追求こそが社会を豊かにする」と述べました。

しかし、自由競争の果てに私たちが行き着いた現代社会はどうでしょうか。

たしかに全体平均で見ると社会は豊かになっているかもしれませんが、ふたを開けてみると10億ドル以上の資産を保有するわずか2,000人余りの富裕層が保有する資産が、世界の総人口のうち約6割に相当する46億人の資産の合計を上回るという、極端な富の偏在が生じています。

解決の糸口が見えない貧困や経済格差、環境汚染といった多くの問題を抱える世界において、本当に「個人の利益の追求」をこのまま続けることで「社会を豊かに」できるのかどうか、疑問を感じ始めている人も多いはずです。

そうした疑問に呼応するように、「これからは、倫理資本主義への取り組みが重要になる」という声が増えてきています。

従来の資本主義とどのような違いがあるのか、倫理資本主義について整理しておきましょう。

利潤資本主義と倫理資本主義の比較

利潤資本主義 倫理資本主義
目的 資本(人・モノ・カネ)をもとに、自身と関わる人の利益を高める 資本(人・モノ・カネ)をもとに、自身と関わる人の幸福度を高める
価値基準 経済的利益 倫理・道徳
前提とする考え ビジネスは経済の上に成り立っている ビジネスは社会の上に成り立っている(経済は社会の一部)

利益を追求する従来型の資本主義は「利潤資本主義」と呼ばれます。

自身や関わりのある人の利益を追求することにより、経済的利益を上げることに価値基準を置く考え方です。

これに対して、倫理資本主義の価値基準は金銭的・経済的成功ではなく、自身や関わりのある人の幸福度を高めることにあります。

ビジネスは社会の上に成り立っているのであり、経済だけを切り離して利潤を追求するのは好ましくないというのが倫理資本主義の基本的な考え方といえます。

倫理資本主義とは、どのような資本主義か

倫理資本主義は、具体的にどのような志向・行動が求められるのでしょうか。
倫理資本主義のイメージを固めるにあたり、とくに次の3点を押さえておくと理解を深めやすいでしょう。

倫理資本主義に求められる志向・行動 □社会性と経済性の両立 □富の再配分 □サスティナビリティ(持続可能性)
  • 社会性と経済性の両立
  • 富の再分配
  • サステナビリティ(持続可能性)

社会性と経済性の両立

社会性と経済性の両立

倫理資本主義の根底にある考え方として、「経済的活動と社会的活動」の両立が挙げられます。

従来の利潤資本主義においても、社会貢献や社会問題の解決を理念に掲げる企業は数多くありました。

しかしながら、実際の企業活動においては利益を追求しなければ存続自体がままなりません。

そのため、株主や顧客、従業員といった限られた範囲において利益をもたらすことに注力した企業が圧倒的大多数を占めており、社会的活動は慈善事業やボランティアなど、経済的活動とは距離を置いた団体や個人に委ねられていたというのが実情でした。

ここには、私たちの多くが従来より「経済的活動と社会的活動は両立しづらい」という観念を持っていることが大きく影響している、ともいえるかもしれません。

一方の「倫理資本主義」においては、経済的活動と社会的活動は相反するものとして捉えていません。

日本においても古くから「三方よし」という考え方があるように、社会全体や環境にとって幸福をもたらす活動を志向することが、結果的に利益にもつながるという考え方をします。

自社の利益と社会全体の利益を切り離して考えない点が、倫理資本主義の大きな特徴といえるでしょう。

富の再分配

富の再分配

2020年5月、マイクロソフト社の共同創業者であるビル・ゲイツ氏と妻(当時)のメリンダ・ゲイツ氏は、新型コロナウイルス対策募金イベントに1億2,500万ドルを寄付すると発表しました。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団によるコロナ対策への寄付額は、総額3億ドル以上にも達しています。

ビル・ゲイツ氏以外にも、投資家のウォーレン・バフェット氏やジョージ・ソロス氏のように富裕層が寄付をする事例が見られました。

このように、富を独占するのではなく再配分することで結果的に良い社会が築かれていくという考え方が、世界的に知られる富裕層の間で広まりつつあります。

経済格差の是正やSDGsの目標である「人や国の不平等をなくす」といった観点からも、富の再配分が重要視されつつあるのです。

富の偏在から適切な再配分へと向かう流れの一端が垣間見えたこれらの出来事は、利潤資本主義に一石を投じる重要な契機となったといえるでしょう。

利潤資本主義では、格差・貧困の連鎖が発生する

皆さんの中には、日頃コーヒーをよく飲む人もいるはずです。私たちが口にするコーヒーには、実は重大な経済格差の問題が潜んでいることをご存知でしょうか。

コーヒーの代表的な消費国といえば、アメリカ・日本が挙げられるでしょう。
これらの国の「1人当たり国民総所得」を購買力平価で米ドルに換算した場合、アメリカが約56,000ドル、日本が約41,000ドルになります(2021年時点)。

一方、コーヒーの生産国であるブラジルでは約14,000ドル、コロンビアでは約13,000ドルと、消費国と生産国の間でおよそ4倍もの経済格差があることが分かります。

近年、こうした経済格差の是正を試みる動きも見られます。
開発途上国から原料や製品を適正価格で継続的に購入することを約束する「フェアトレード」などはその一端といえるでしょう。

しかしながら、ブラジルやコロンビアの平均教育年数は6〜9年となっており、依然として日本の義務教育程度までしか受けられない人が大半であることがわかります。

児童労働など人道的でないことが明らかな手段で生産された原料によって、私たちの暮らしの豊かさは維持されている側面があるのです。

サステナビリティ(持続可能性)

サステナビリティ(持続可能性)

従来の利潤資本主義においては、目指すべき利益は「現在」に限られることが多くありました。

その結果、極端な経済格差や開発途上国での劣悪な労働環境、環境問題といったさまざまな問題が噴出するに至っています。

現時点での幸福を追求することが、必ずしも将来にわたる幸福につながっていないことを、多くの人が実感し始めています。

倫理資本主義においては、現在の活動が将来にどう影響し、未来を担う世代のニーズを損なうことがないかどうかという点も重視されます。

こうした考え方はサステナビリティ(持続可能性)と呼ばれ、事業の持続性だけでなく社会・環境の持続性を包括的に考慮した企業活動が求められているのです。

将来に負荷や不利益を残さないために現在の活動を維持しつつ抑制するのではなく、将来への影響を考慮した形へと活動のあり方や方向性そのものを変えていくことが、サステナビリティを実現する上で重要なポイントとなるでしょう。

倫理資本主義は、「個人レベル」で実践できる?

ここまで述べてきた倫理資本主義の考え方は、社会全体・世界全体といったマクロの視点にもとづいています。

そのため、個人レベルで何かできることがあるだろうか?という点について、疑問を感じる人もいることでしょう。

しかし、倫理資本主義は決して個人レベルで実践不可能なものではありません。

私たち1人1人が倫理資本主義への理解を深め、具体的な実践へとつなげていくことで、徐々に体現していくもののはずです。

次に挙げる3つの視点は、今日からすぐに実践できるものばかりです。倫理資本主義の考え方を取り入れて、今日から実践に向けた行動へとつなげていきましょう。

「私はいち消費者である」という考えからの脱却

POINT1 「提供者」として、自身が自由になるお金を「誰かの利益や幸福のために使えるもの」と認識する

「提供者」として、自身が自由になるお金を「誰かの利益や幸福のために使えるもの」と認識する

これまで、モノやサービスを購入・利用することは「消費」であり、対価を支払うことで完結する契約の一形態と考えられてきました。

この場合、買い物をする自分自身はいち消費者に過ぎず、モノやサービスの価値が貨幣と交換されるという一方向の流れとして認識されてきたのです。

しかし、より広い視点で消費を捉えた場合、支払った料金は事業者の経営維持や従業員の給与として活用されています。

消費者はモノやサービスに対してお金を払っているのではなく、誰かの利益となるはずのお金を提供しているのです。

この視点を持つことで「購入する商品は安ければ安いほど良い」のではなく、「適正価格で購入しなければ、事業者や従業員の社会活動を維持できない」という考え方へとシフトできるはずです。

私たちは1人1人が消費者であるのと同時に「提供者」でもあります。
可処分所得として自由に使えるお金は自分のためだけに使うべきものではなく、誰かの利益や幸福のために使えるものと認識することが非常に重要になるでしょう。

「強みをシェアしあう」行動・働き方を意識

POINT2 ビジネス活動では「競合・ライバル」よりも「協力者」に目を向ける

ビジネス活動では「競合・ライバル」よりも「協力者」に目を向ける

利潤資本主義は、ともすると力を持つ者が利益を独占し、弱者を淘汰していくといった弱肉強食の構図に陥りがちでした。

具体的なところでは、業界内の競合他社やライバル社は「倒すべき敵」として認識されていた向きがあります。

しかし長い目で見た場合、特定の企業が一人勝ちしていくことで消費者の選択の幅を狭める結果をもたらしたり、市場から多様性を排除する結果につながったりすることもあり得ます。

むしろ、業界全体としての信頼性や価値を高めていくためには、競争相手というよりも「協力者」という捉え方をしたほうが良い結果をもたらすでしょう。

各社や各人には強みもあれば弱点もあります。お互いの強みをシェアし合い、高め合っていくことで剰余価値(労働者の労働力の価値を超えて生み出される価値)を創出することも可能となるはずです。

「これから、どんな社会になると良いか」をイメージする

POINT3 自分にとっての幸せと周囲の人たちにとっての幸せを考え、そのために行動する

自分にとっての幸せと周囲の人たちにとっての幸せを考え、そのために行動する

従来の利潤資本主義においては、ある種の利己主義やエゴイズムを肯定的に捉え、ごく狭い範囲での幸福を追求することで幸福な社会が実現するものと割り切ってきた面がありました。

しかし、ある人にとって幸福を追求する行為が別の人にとって不幸をもたらすものだとしたら、社会全体の幸福度は一向に高まっていかない恐れがあります。

ごく短期間にもたらされる幸福だけでなく、10年・20年というスパンで捉えた場合の幸福度や、子どもや孫たちの世代に手渡していく社会をイメージしたとき、「いま自分がやっていることは将来の社会のためになっているのか?」と自問自答することは、決して無意味ではないでしょう。

倫理観は法律などの社会的な規制によって強制されるべきものではありません。

倫理は私たち1人1人の内面にあります。「これから、どんな社会になると良いか」をイメージし、実現に向けてより適切と思われる行動を選択していく1つ1つの積み重ねが、より良い社会の形成へとつながっていくはずです。

まとめ)倫理資本主義を「自分事」として捉えることから始めよう

考える男性イメージ

アダム・スミスは『国富論』よりも前に『道徳情操論』という著作を発表しています。

この中でスミス氏は、人間には利己的な部分がある反面、他人を見て自分も一緒に喜んだり悲しんだりする「共感」の能力が備わっている、と説いています。

スミス氏は決して弱肉強食の強欲な資本主義のあり方を肯定していたわけではなく、人間が等しく持っているはずの良心や道徳的な感覚に信頼を寄せていたのです。

これからの資本主義のあり方、と聞くとマクロなテーマという印象を持つかもしれません。

しかし、社会を構成しているのは私たち1人1人であり、各自がどのような未来を望み、志向するかによって今後の世の中のあり方を選択することもできるはずです。

倫理的資本主義の考え方を「自分事」として捉え、日々の行動や仕事への取り組み方に取り入れることから始めていきましょう。

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