私の管理職体験談:思いをぶつけてきて欲しかった。でも、誰も、何も言ってこなかった。

[最終更新日]2021/07/27

体験談
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私の管理職体験談:思いをぶつけてきて欲しかった。でも、誰も、何も言ってこなかった。

大学病院の分院として新しく設立された総合病院で、臨床検査部のマネージャーをしています。

臨床検査部のスタッフは25人いますが、病院の規模の割には少なく全員が過密なスケジュールで勤務しており、私もプレイヤーとして実務を行なっています。

マネージャー業務とプレイヤー業務のほかにも、院内感染対策チーム、コロナウイルス対策チーム、抗菌薬適正使用チームにも関わっています。

休日は大学で研究を行っており、ゆくゆくは学位を取得しようと来年度から大学院へ進学する予定です。

まさに「仕事人間」のような生活をしていますが、できたら50歳までには投資運用で資産を築き、「アーリーリタイア」をしたいと思っています。

40歳も近くなって、仕事の量も増え、そして責任も増えて。
(俺はいつか仕事に溺れてしまって、それ以外のことを考えられなくなってしまうんじゃないだろうか)と考えることが多くなったからです。

私は元々おおざっぱで、すぐ感情が表に出るタイプの人間でした。
でも、仕事ではそんな短気な性格を見せる訳にはいきませんし、なるべく自分の感情を押し殺して慎重に仕事をするようにしています。

──でも、ふと気を許すとダメですね。
親しい友人からは今でも「すぐに感情が顔に出る」とよく言われます。

タクトさん(男性 37歳)
職業
医療
職種
臨床検査技師
年収
700万円
従業員規模
約800人
地域
愛知県

Index

目次

管理職という立場になって。

同僚が気を遣うようになった

管理職になって感じたこと。
それは、「同僚が自分に気を遣うようになった」ということでした。

どこでそう感じたのかというと、普段の会話のなかで彼らが職場の意見や文句を一切言わなくなったのです。

これまでは、しょっちゅうコロコロと変わる組織ルールや方針に対して、よく「この方針はちょっとどうだろうね?」「上は本当に分かってないよな」といった話を同僚としていました。

愚痴ベースの話題になることもありましたが、「こうしたらもっと良くなるのに」というような、建設的な話し合いになることも多かったです。

ですが、私が管理職になってそうしたルール・方針を「伝える側」に回ってから、彼らはそうした話を一切私にしてこなくなりました。

経営陣から届いた、一つの指令。

悩むイメージ
経営陣

「業務改善を行い、残業時間を先月比50%縮小させる」

あるとき、経営陣からこのような指令が届きました。

直近で更に新しい業務が増えたために部署全体の残業時間が多くなってしまい、それで経営層から人件費を削減するようにと指摘が来たのです。

ですが、絶対的にメンバーが少ない状態でしたから、残業時間の増加は致し方ないだろうと私は思っていました。
これまで散々スタッフ間で話し合い「これ以上はスリムにできない」というところまで業務効率化を目指していたのです。また、その効率化のためにスタッフがどれだけ努力をしたかも理解していました。

それにも関わらず、私は「もっと業務改善をしなさい。そして、残業時間を減らしなさい」と部下に告げなくてはならなかった。

非常に嫌な役回りでしたが、私は部下たちにそのことを、そのまま伝えました。

伝えながら、その一方で彼らが後になって「先日まで一緒に話し合って、これ以上できないところまでスリム化したじゃないですか」と言ってくるのを期待していました。

──伝わるでしょうか?私は、その時のやるせない気持ちを、部下と共有したかったのです。
そして、部下とともにこのろくでもない経営方針をなんとかしたいと思った。なんとかするために、部下とまた話し合いたかったのです。

ですが、私に意見をしてくる部下は一人もいませんでした。

心に多くの不満・愚痴を溜めていたのは、私の方だった。

不満・愚痴を貯めていたのは

「ろくでもない経営方針」といいましたが、おそらくそんなことではないのでしょう。
心のどこかで、今の病院経営をこれからも維持していくためにはそれくらいの無理が必要になることもわかっていました。

部下たちは「残業時間の50%削減」を忠実に守り、そしてそのなかで出来る範囲での更なる業務効率化を考えて、自主的に取り組んでくれました。

私のいないところで色々不平不満を言っていたのかもしれません。ですが、彼らはそれを私に向けてくることはなかった。──寂しい気持ちも多分にありましたが、彼らは私が思っている以上に大人だったということでしょう。

逆に、部下が不平不満を言ってきて私と結託してくれることを期待していた自分の方が、よっぽど未熟な考え方だったのかもしれません。

そう、心の中に不満や愚痴をより多く溜め込んでいたのは、彼らではなく私の方だったのです。

過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる

自分を見つめるイメージ

今回の一件を経て、分かったことがありました。

それは、「変わらなければならないのは、自分の方なのだ」ということ。

できたらこれまでと同じように自分も同僚たちと一緒になってワイワイしたかったのですが、それはもう誰も求めていないことなのでしょう。

私は私で組織の全体最適を踏まえ、無責任な発言をしないように、そして時にドライに同僚たちと接していく必要があるのだろうと思いました。

きっとこれからも同じようなことで悩みながら、どんどん孤独になっていくのでしょう。
ですが、その孤独を恐れいていても何も始まりません。

彼らは私に同僚のようなふるまいを求めていなかったとしても、管理職としてしっかり職務を全うすることは求めているはずです。

コミュニケーションとは文句や愚痴だけではありませんから、それ以外の仕事の大切な情報共有や指導・育成についてはコミュニケーションをしっかりと取って、「気軽に相談に乗ってもらえる上司」という新たな関係を目指していこうと思いました。

よく、「過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる」と言いますよね。
私はこれまで、変えられない方にばかり固執していました。これからは、未来と自分を変えていけるように──、今回の一件はそのことを、私に意識づけしてくれました。

管理職として、そしてプレイヤーとして今できる「最善」のこと。

臨床検査技師のイメージ

これからも、今の職場で臨床検査技師として、そして管理職として働き続ける予定です。

これから先に目指していることは、学位(医学博士号)を取得することです。

学位が現場業務や管理業務に役立つということはあまりありませんが、最近の傾向として、検査技師のトップ(検査技師長)で学位を保有する人が増えてきています。

また、管理職になってから院内のドクターと折り合いをつけることが多くなりました、学位を持っていると持っていないのとでは信頼が大きく変わってくることでしょう。

来年から大学院へ進学できるように、日々勉強と研究を行なっているのはそのためです。

管理職として、そしてプレイヤーとして今できることは何かを考え、そして行動する。とてもシンプルなことです。
それを続けていけば、きっと、今よりも迷いなく業務を遂行できるようになる。──そう、信じています。