脱炭素社会とは?ビジネスへの影響と企業の取り組み事例
[最終更新日]2023/03/11
菅首相は所信表明演説で「2050年までに温室効果ガス排出をゼロにする」と表明し、多くのメディアがこの話題を取り上げました。脱炭素社会の実現に向けた取り組みが日本の経済界で現実味を帯び始めています。
ところで、「脱炭素社会」について皆さんはどのくらいご存知でしょうか。
「報道でよく見かけるけれども、具体的に何を目指しているのだろう?」
「なぜ脱炭素社会がこれほど注目されているのだろう?」
このような疑問を持っている人もいるはずです。
そこで、今回は脱炭素社会とは何か、注目を集めている理由や背景について解説していきます。
企業による具体的な取り組み事例も紹介していきますので、ぜひご自身の職場やビジネスにおける取り組みの参考にしてください。
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Index
目次
脱炭素社会とは?なぜいま注目を集めている?
急速に注目を集め始めた脱炭素社会。なぜいま、これほど脱炭素社会の実現が注目され、話題になっているのか、まずはその理由と背景について整理しておきましょう。
脱炭素社会に向けた取り組みは、日本国内だけでなく世界的な潮流として捉えるべき事項です。「脱炭素」に向けた取り組みが急務とされるに至った歴史的・科学的な背景について解説していきます。
パリ協定によって加速した「脱炭素」への取り組み
脱炭素社会とは、二酸化炭素の排出量ゼロを達成した社会のことを指しています。二酸化炭素は温室効果ガスと呼ばれるように、地球温暖化の原因になっていると言われ続けてきました。
1997年の京都議定書では、温室効果ガスを削減する目標を掲げていました。
ただし、対象となっていたのは先進国のみであり、効果や実現性が疑問視されていたのが実情です。
その後、2005年にパリ協定が採択され、先進国だけでなく発展途上国も含めた190ヶ国以上の国々が二酸化炭素排出量削減を目指すことになりました。
パリ協定には地球気温の上昇を2℃よりも低く保つこと、21世紀後半に温室効果ガス排出をゼロにすることなどが盛り込まれています。目標が掲げられたことにより、グローバル規模での脱炭素への取り組みが加速したのです。
しかし、各国に脱炭素に向けた取り組みが十分な水準に達しているとは言いがたい状況が続いていました。
2018年には当時16歳だったグレタ・トゥーンベリ氏が国連気候変動会議に登壇し、地球温暖化に対する各国の取り組みを痛烈に批判するスピーチを行ったことは有名です。
こうした数々の出来事を経て、持続可能な社会を作っていく上で脱炭素への取り組みは不可欠なものであるとの認識が世界に広がっていきました。
なぜ「炭素」なのか?
温室効果による気温上昇を抑制するのが目的であるにも関わらず、なぜ「二酸化炭素削減」ではなく「脱炭素」と呼ばれているのか、疑問に感じている人もいることでしょう。
そもそも温室効果ガスには、二酸化炭素以外にもメタンや一酸化炭素、フロンといった気体が含まれます。
このうち高い割合を占めているのが二酸化炭素であり、地球温暖化を抑制するには二酸化炭素の排出量を抑えることが急務とされているのです。
二酸化炭素の排出量を削減するには、元となる炭素の産業利用自体を抑制していく必要があると考えられています。これにより、地球上の炭素循環を自然界の状態に戻していこうというのが脱炭素の取り組みの根幹にある考え方です。
炭素循環とは?
大気中の二酸化炭素は動植物の呼吸によって排出され、植物の光合成で消費されることによってバランスの取れた状態になっていました。これにより、地球上では太古の時代から大気・陸・海の間で炭素が循環してきたのです。
ここに人間の活動による化石燃料消費や森林面積減少が加わったことで二酸化炭素量が増加し、炭素循環のバランスが崩れる原因となっています。
化石燃料は太古の時代に生息していた生物が地中で長い年月をかけて変化したものであり、石油や石炭を採掘して燃焼させる行為は「地上に出てくるはずのなかった炭素を強制的に取り出す」ことを意味しているのです。
脱炭素社会への取り組みはSDGsの一環
IPCC(国際気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書によれば、現在のペースで地球温暖化が進むと仮定した場合、21世紀末には地球の平均気温が最大4.8℃上昇すると予測されています。
こうなると、地球上にどのような影響が及ぶのでしょうか。
《地球温暖化による影響》
- 氷河の融解と海水の熱膨張により、海面が最大82㎝上昇する
- 絶滅危惧種の状況悪化、危惧種の増加
- 熱帯性感染症の発生範囲がより広範囲に及ぶ
- 気候変動が進み、台風やハリケーン、サイクロンが大型化する
- 病害虫の増加により穀物生産量が減少し、食糧難を招く
また、UNEP(国連環境計画)が2001年に発表した報告によれば、2050年に二酸化炭素の濃度が2倍になると上記のような地球環境の悪化への対処として年間およそ35兆円の損害が発生すると予測されています。
環境問題は私たちの生存そのものに関わる問題であるだけでなく、経済活動においても多大な損失を与えかねない重大な問題と言えます。
こうした変化が数百年先の遠い未来ではなく、数十年という短期間で起こると予測されていることから、持続可能な社会を考える上で脱炭素社会の実現は欠かせない条件となりつつあります。脱炭素社会への取り組みは一過性のものではなく、より大きなSDGsの流れの一環と捉えるべきなのです。
脱炭素社会への転換が企業活動に与える影響とは?
脱炭素社会へと世の中が舵を切っていくことによって、企業活動にはどのような影響が及ぶのでしょうか。
すでに脱炭素に向けて具体的な取り組みをしている企業も見られますが、なぜこうした企業が脱炭素に向けた戦略に注力するのかを理解する上でも、脱炭素社会への転換が企業活動に与える影響について知ることは重要です。
脱炭素社会に適応した経営へとシフトできるかどうかは、主に次の3つの面で企業活動に影響を及ぼすと考えられます。
顧客エンゲージメントへの影響
消費者の意識は近年大きく変化しています。
とくにミレニアル世代・Z世代と呼ばれる若年層は環境問題への意識が高く、持続可能な社会の実現に向けて何らかの取り組みをしている企業かどうかは、消費行動にも影響を与えていると言われています。
ある企業の製品やサービスに愛着を感じるかどうかは、商品そのものの利便性や機能性だけでなく、その商品を提供している企業の理念や価値観に大きく左右されるようになりつつあるのです。
企業の脱炭素に向けた取り組みに好感を持ち、購入を決める動機の1つになったのであれば、脱炭素に積極的な姿勢が見られない他社の商品に簡単には乗り換えないと予想できます。
脱炭素への取り組みは商品競争力を高め、顧客エンゲージメントの強化に寄与すると考えられます。
投資家のポートフォリオへの影響
気温上昇を2℃未満に抑制するという目標が掲げられている以上、企業が保有している化石燃料資産はそう遠くない未来に不良在庫化するリスクを抱えています。
将来の見通しを織り込んでポートフォリオを組む投資家にとって、企業活動の将来性が危ぶまれる銘柄は早めに売却するべき対象となり得ます。
現にパリ協定の採択後、化石燃料を扱う企業に対する機関投資家の圧力が高まり、実に1,100兆円規模のダイベストメント(非倫理的と思われる銘柄からの投融資引き揚げ)が予定されているとも言われています。
菅総理の所信表明演説を受け、国内においてもこの流れは今後ますます加速していくと予想されます。
脱炭素に向けた取り組みは企業の資金調達にも大きな影響を及ぼすはずであり、中長期的な成長戦略の明暗を分ける重要な課題となりつつあると言えるでしょう。
経営の効率化や合理化への影響
脱炭素経営に向けた取り組みの多くは、企業にとって短期的にコスト面での負担を強いるように映ります。
しかし長期的な視座に立ったとき、再利用可能なエネルギーの仕組みを導入することは経営の効率化・合理化へとつながり、結果的にコスト減に貢献する可能性が高いでしょう。
電力をはじめとするエネルギーインフラは企業にとって否応なくかかり続けるランニングコストであり、できる限りコストを抑えた上で安定供給されることは企業活動を継続する上で非常に重要なファクターだからです。
脱炭素経営への転換は、企業にとって大きな決断となるはずです。先手を打って脱炭素経営へとシフトできる企業が先を見据えた経営を行っていることは想像に難くありません。
このように、将来的な社会の動きを見据えて経営の効率化・合理化を図れるかどうかは、今後の企業経営の成否を分ける要因の1つとなっていく可能性があるのです。
脱炭素社会の実現に向けて企業ができる取り組みとは?
私たちの経済活動の大きな割合を支えているのが企業活動です。脱炭素社会の実現に向けて企業ができる取り組みはいくつかありますが、その中でも代表的な取り組みについてまとめました。
脱炭素社会の実現は地球規模での大きな取り組みですが、実現するためには小さな取り組みの積み重ねこそが鍵を握っています。主に次に挙げる取り組みを続けていくことによって、二酸化炭素の排出量を着実に減らしていくことへとつながっていきます。
省エネルギーによるCO2排出量の削減
二酸化炭素排出の原因の1つに電力供給があります。電力は私たちの暮らしに欠かせないエネルギーとなっていますが、発電方法として利用されているのは石炭や天然ガスなどのいわゆる化石燃料が大きな割合を占めています。
下図は2019年度の年間発電電力の電源構成ですが、石炭・天然ガス・石油をはじめとする火力発電が全体の7割以上を占めていることが分かります。
日本国内の電源構成(2019年度の年間発電電力量)
(資源エネルギー庁「電力調査統計」などから環境エネルギー政策研究所が作成)
つまり、電力消費量をできる限り抑えることが二酸化炭素排出量の抑制につながります。
生産ラインの適切な運用や空調の効率化、照明のLED化や人感センサーの活用といった取り組みが消費電力の抑制を実現し、電力コストを削減すると同時に、二酸化炭素排出量を抑える上でも効果を発揮します。
再生可能エネルギーへの転換
前掲の図中で、太陽光・風力・地熱・バイオマスなどは温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギーと呼ばれています。
2019年時点での電源構成では、再生可能エネルギーによる発電は全体の1割強となっていますが、従来の電力供給を再生可能エネルギーに切り替えていくことで温室効果ガスの抑制につなげることができます。
具体的には、社屋の屋上など空いたスペースへの太陽光発電パネルの設置や、廃棄物を利用したバイオマス発電の導入といった取り組みが想定されます。
こうした再生可能エネルギーへの転換において重要となるのが主力事業との親和性です。
再生可能エネルギーの活用を本業と切り離して考えるのではなく、主力事業の中で無理なく転換できる部分を探し、効果的に再生エネルギーへと移行していくことによって、継続性のある事業の一部に組み込むことが可能となるのです。
建築物管理による対策
オフィスなどの建材に断熱性の高い素材を採用したり、熱線反射ガラスを導入したりすることにより、空調のために投じる電力を抑えることができます。
建築物管理に関しては、国土交通省の主導によって提唱された建築環境総合性能評価システム(CASBEE)に適合した建材であるかを確認することで、温暖化対策を講じることが可能です。
また、オフィスビル全体の機器や設備を集中管理するBEMS(Building Energy Management System)を導入することも、エネルギー消費量の削減に効果を発揮します。
建材による対策は初期投資が必要になりますが、いちど導入してしまえば持続的に効果を発揮するという特徴があります。
また、近年では投資判断においても業績や財務状況に加え、環境問題改善への取り組みや地域貢献、企業統治を重視するESG投資が注目されています。
環境に配慮した建材を採用することで一時的にコストが増したとしても、長期的な視点で見たとき企業価値の向上に寄与することは十分に考えられるのです。
脱炭素社会の実現に向けた企業の取り組み事例
前項では、さまざまな創意工夫によって省エネなどの温暖化対策を講じる方法について述べてきました。
企業によっては、事業戦略の一環としてすでに脱炭素社会の実現に向けた取り組みを始めている事例もあります。
次の3社は、それぞれ異なるアプローチで脱炭素社会の実現に向けて取り組んでいます。具体的な取り組みの事例を知ることによって、自社でも可能な取り組みへのヒントが見つかるかもしれません。
城南信用金庫における再生可能エネルギー推進・利用の取り組み
再生可能エネルギーのみで事業を運営していくことを目指す企業連合として「RE100」があります。
AppleやFacebook、Microsoft、SAPといったグローバル企業が加盟していることでも知られる企業連合ですが、日本からは城南信用金庫が日本で初めてRE100に加盟したことで話題になりました。
城南信用金庫では、製紙会社で発電したバイオエネルギーの電力を本支店等の所有物件で活用しています。
製紙会社でパルプを製造する工程で、炭素を含む「黒液」と呼ばれる廃液が排出されます。
パルプはそもそも生物由来の材料なので、黒液で発電した電力は自然由来のエネルギーと言えます。製紙工場で日々大量に排出される黒液を利用することで、安定した電力の調達を実現することができるのです。
RE100への加盟が日本初だったことに加えて、金融業界においても再生可能エネルギーへの切り替えに先陣を切って着手したことから、城南信用金庫の事例は再生可能エネルギーに対する金融業界の意識向上を促す動きとして注目されています。
城南使用金庫 節電に対する活動(公式サイトより)
城南信用金庫の本店と事務センターの屋上に設置されたソーラーパネル。再生可能エネルギーへの転換以外にも、省エネルギーに向けた取り組みを積極的に推進している。 https://www.jsbank.co.jp/about/socialaction/antinuclearpower/setsuden/
リコーグループが取り組む脱炭素社会実現に向けた技術開発
物流現場では荷物の行き先表示にラベルが使用されていますが、貼り替えや残ったシール糊の洗浄、不要になったラベルの紙ゴミ廃棄といった環境負荷のかかる工程が発生していました。
プリンター複合機などの製品で知られるリコーでは、繰り返し書き換えたり消去したりできるラベル印刷技術を開発することにより、一連のラベル貼り替えや剥がし作業を簡素化するとともに、物流業界における省エネ・省資源を実現しています。
リコーが開発した繰り返し書き換えが可能なラベル印刷技術「リライタブルレーザーシステム」
印刷機には印刷するための用紙が付き物であり、廃棄の紙が出るのは致し方ないと思われがちですが、既成概念に囚われることなく廃棄を削減する技術の開発に着手したという点が秀逸です。
実際にこのシステムを導入し、従来の工程と比べて二酸化炭素排出量を80%、ラベルゴミを98%削減できたという事例もあります。
鈴廣かまぼこが新社屋に採用したZEB(Net Zero Energy Building)
創業から150余年にわたってかまぼこを製造し続けている鈴廣かまぼこ。「食するとは、生命をいただき、生命をうつしかえること。その一翼を担うのが私たちの仕事。かけがえのない地球の中で、この役割こそ我が天職。」との企業理念にも表れている通り、環境に配慮した経営に力を入れています。
2015年に竣工した新本社ビルにはネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)を採用し、「電力の地産地消」を具現化しています。
地中熱や地下水を空調システムに活用し、電力を太陽光発電によって賄うシステムは、社屋全体が脱炭素に向けた取り組みそのものと言えます。この事例は経済産業省のZEB実証事業において採択されていることからも、次世代の経営のあり方として指針となる取り組みの1つと捉えることができるでしょう。
まとめ)自社のみならず社会全体を視野に入れた経営戦略に目を向けよう
今回紹介してきた脱炭素社会に向けた取り組みや企業の事例は、一見すると事業の売上伸長や利益増大に直接的に寄与するものではないように映ります。
私たちの社会生活は大量消費から脱却できておらず、環境負荷への配慮が十分とは言えない企業がまだまだ多いのが実情です。
しかし、「自社の業績が最優先」「他社も取り組んでいないからうちも着手しない」といった姿勢に終始するのではなく、社会全体を長い時間軸で捉えた経営戦略を打ち出していくことは、これからの企業にとって非常に重要な視点となるでしょう。
すぐに取り組めそうなことと、時間をかけて推進していかなくてはならないことが出てくるはずですが、まずは着手できることから進めていくという姿勢を持つことが大切です。
事業戦略を考える際には、ぜひ「脱炭素経営の実現」という視点も加味して考えみてください。
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