人にものを「教える」技術を磨くには?
[最終更新日]2022/12/15
管理職やマネージャーに昇格した人が、ほぼ必ずと言っていいほどぶつかる壁の1つに「人材育成」があります。
近年、企業の後継者不足が社会問題になっているように、後進を育成し仕事を任せていくのは組織にとって非常に重要な課題の1つと言えます。
人材育成の根本には、「人にものを教える」技術があります。「自分で仕事を進めるのは得意だけれども、部下に教えるのは苦手」「教えているのに、なかなかできるようになってくれない」——こうした悩みを抱えている管理職の方々は決して少なくないことでしょう。
そこで、この記事では人にものを「教える」技術を磨く方法について考えていきます。部下や後輩の育成に悩みを抱えている人は、明日からの部下・後輩指導に活かせるヒントを見つけていただけたら幸いです。
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Index
目次
管理職・マネージャーにとって「教える技術」が重要な理由とは?
人にものを「教える」技術について話題にするとき、よく引き合いに出される例として「職人」が挙げられます。
たとえば寿司職人はシャリを握らせてもらえるまでに10年かかるなど、「師匠の背中を見て仕事を盗む」と言われる技能継承の考え方が日本には古くからありました。
しかし、会社員は職人ではありません。
後進を育てていくことも、管理職・マネージャーとして重要な責務の1つであり、人材育成において能力を発揮することも求められています。
では、そもそもなぜ「教える技術」が重要になるのか、その根本的な理由について事例を交えて考えてみましょう。
プレーヤーとして優秀な人が教え上手なマネージャーとは限らない
まず、ご自身の勤務先で管理職やマネージャーといった役職に就いている人の顔を思い浮かべてみてください。
おそらく、ほとんどの企業で管理職を務めている人は「現場で頭角を表し、実績が認められて昇進した人」でしょう。つまり、プレーヤーとしての能力を評価されて、管理職へと昇格した人がほとんどのはずです。
では、プレーヤーとして優秀な人がマネージャーになると何が起こるか?を考えてみます。
- 過去の自分はできたことでも、部下や後輩はできていない
- 自分ではていねいに説明しているつもりなのに相手の理解が追いつかない
- 1から10まで説明しないと思ったように動いてくれない
- 結果を出すことへの執着が足りないように感じる
- 部下が自発的に動けるようにならない。自走できない
こうした思いを抱えて日々ストレスに晒されている管理職は決して少なくないはずです。
実は、これらの問題はほぼ全て「プレーヤー時代の自分自身を基準に考えてしまっていること」が原因で起きています。
無意識のうちに「過去の自分がやってきたこと」を基準に部下や後輩の期待レベルを設定してしまっている例は枚挙に暇がありません。
1つの事例として、ある企業の営業管理職の悩みをご紹介します。
優秀な人材が見つからない、と嘆くT課長の事例
Tさんは、ある教具メーカーの営業1課で課長を務めています。定期的に中途採用を行っていますが、ここ数年、自分の部下につく人のほぼ全員に「物足りなさ」を感じています。
配属されたばかりの中途入社の社員は、まずT課長の営業に同行することからスタートします。T課長は、お客様のニーズをヒアリングし、必要な情報を収集した上で、タイミングを見てプレゼンをするという一連の流れを新人にやって見せています。
ところが、いざ新人に仕事を任せてみると、T課長は終始イライラしていなければなりません。
(せっかくお客様が自社の課題について話し始めたのに、なぜ話題を変えてしまうのだろう?)
(今すぐ提案すれば聞いてもらえそうな雰囲気なのに、どうして「また後日伺います」などと先延ばしにしてしまうのか?)
(全く興味がなさそうな様子で聞いている相手に、熱心に商品説明をしても仕方がないだろう)そして、見るに見かねたT課長は途中で部下の話をやめさせ、自分がいつもやっている営業のやり方を見せる段階に逆戻りするのです。
T課長は「優秀な人材が見つからない」といつも嘆いています。もっと打てば響くような人材が入ってこないだろうか?と渇望する日々が続いています。
T課長が優秀な人材を見つけられない3つの大きな原因とは?
T課長には、プレーヤーとして優秀なマネージャーが陥りやすい3つの大きな問題点があります。
《仕事ぶりを見せっ放しで振り返りをしていない》
T課長はたしかに部下を自分の営業活動に同行させ、仕事ぶりを見せています。
実際の営業活動を見せているわけですから、T課長としては「これ以上分かりやすい指導方法はないはずだ」と思っているのかもしれません。
しかし、営業担当者として優秀な人がごく自然にやっていることでも、他の人にとっては「努力して体得すべきスキル」であることはめずらしくありません。
「あのときすぐに提案したのは、○○というシグナルをお客様が出していたからだよ。気づいていたかい?」などと、都度振り返りを行う必要があるのです。
《仕事の進め方を明文化・可視化する工夫をしていない》
T課長の後輩指導は、典型的な「見て覚えよ」という考え方に支えられています。
そのため、仕事の流れをマニュアル化したり、どのタイミングで提案しようと思っているのか可視化したりといった工夫が見られません。
T課長の頭の中にはさまざまなプランがあるはずですが、同行している後輩にとってT課長の考えはブラックボックスになってしまっている可能性があります。
《任せ方が中途半端で、最後まで任せ切れていない》
せっかく仕事を任せていても、途中でうまくいっていないと判断した途端、T課長が仕事を引き取ってしまっています。
仕事を任せて初めからうまくいくことばかりではないかもしれませんが、失敗を経験させることも含めて育成という考え方をしないと、部下は自身の失敗から学ぶチャンスを奪われてばかりになってしまいます。
管理職の皆さんは、どこかご自身に思い当たる節はありませんか?こうした育成上の判断の誤りを重ねないためにも、「教える」技術を磨いていく必要があるのです。
部下や後輩に仕事を教える際にNGとなる教え方とは?
教える技術を磨くためには、良い教え方や理想的な指導方法を学ぶことも大切ですが、同時に「これはやってはいけない」といったNGの事例を知ることも同じぐらい重要です。
NGとなる教え方がいつの間にか習慣化していると、せっかく他の部分で教え方を工夫していても台なしになってしまう恐れがあるからです。
教える際にNGとなる教え方や任せ方には、いくつか「よくあるパターン」があります。典型的な3つの「NG」の例を確認しておきましょう。
丸投げするのは「信頼して任せる」こととは全く違う
自身も忙しい管理職にありがちなNGの任せ方に「丸投げ」があります。
「とりあえず、やってみて」「始めてみて分からないことがあったら聞いて」と言って、とりあえず仕事を任せてしまうのですが、具体的なケアやサポートはほとんど行われず仕舞いになってしまうパターンです。
丸投げすることを「信頼して任せる」ことと混同してしまっているケースも見られます。
丸投げと一任の最も大きな違いは、「途中経過でどのような問題が起こり得るか、管理職が予測しているかどうか」にかかっています。
起こり得るトラブルについて「その都度対処する」ぐらいの感覚でいると、部下の状況把握能力によっては「問題を問題として認識できていない」「この先に起こる問題の大きさを認識できていない」といったことが起こる可能性があります。
すると、結果的に「丸投げされて、わけがわからないまま失敗してしまった」ということになりやすいのです。
経験則にもとづく指導は終身雇用時代の教え方
仕事の進め方が、管理職の個人的な経験則に基づいていることも、部下がなかなか仕事を覚えられない原因になりやすいので注意が必要です。
いわゆる「見て覚えよ」といった職人的な指導方法は、終身雇用の時代に新卒から定年退職まで同じ会社で勤め上げるのが当たり前だった時代であれば、ある程度は通用したのかもしれません。
しかし、今や中途採用でさまざまな年齢層の人材が入社してくる時代です。ある程度は仕事の流れを標準化し、「T課長も、S主任も、K先輩も、それぞれの個性はあれど仕事の大きな流れとしては同じ」といった状況を作っておかないと、指導を受ける側は混乱してしまいます。
とくに、1社に長く勤めてきた人や、新卒から生え抜きで勤め続けている人が管理職になる場合は、自身の経験則に頼った仕事の進め方になっていないか注意が必要です。
部下が自走できるようにならないことを部下だけの責任にしない
部下が自発的に考え、自ら動けるようにならない——。こんな悩みを抱えている人はいないでしょうか?
こうした状況下では、多くの場合、その原因を部下の側に求めてしまいがちです。
すなわち、「あいつは自分で考えようとしない指示待ち人間だ」などとレッテルを貼ってしまい、上司の側に原因があるかもしれないと自分を疑うことができなくなってしまうのです。
部下が自走できるようにならないのは、そのための必要最低限の情報を与えていないからかもしれません。
また、指導している内容が局所的なことばかりで、汎用的な考え方が身につくような教え方になっていない可能性もあります。
いずれにしても、部下が自走できないことを部下だけの責任として考えるのはNGです。
まして、部下の性格や人間性の問題にすり替えるようなことをするべきではありません。上司の側にも原因があって、部下は自走したくてもできない状況にあるのかもしれない——、そう自分を疑ってみることから始めるべきなのです。
「教える技術」の磨き方——考え方編
教える技術の向上を目指すとき、重要となる視点には「考え方」と「行動」の2つがあります。
まずは教えるための土台として考え方を整理した上で、アウトプットとなる行動レベルで実践することへとつなげていくのです。
はじめに、教える技術を磨く上で重要となる考え方について4つのポイントを確認します。これらは教えるときの「原理原則」のようなものですので、どのような仕事を教える場合にも応用できる考え方になるはずです。
教えるときはWhy思考で抽象度を高める
先のT課長の事例では、「見込み客が自社の課題について語り始めたときがチャンスだ」という考え方が登場しました。
この考え方をさらに汎用化すると「顧客の悩みに対して解決策を示すのが営業である」という原理原則にたどり着きます。このように、より大枠の概念へと抽象度を高めることで、より汎用的に活用できる考え方を伝えられるようになります。
また、「あのとき提案しておくべきだった」といった個別事象に対して指導するよりも、「なぜ提案するべきだったのか」「なぜそのタイミングなのか」とWhy思考をベースに指導したほうが、部下が自らの頭で考えるきっかけを作ることにつながり、他の事例に出合った際にも経験をもとに考えやすくなるはずです。
このように、Why思考によって抽象度を高めることで、1つの事例を汎用化しやすくなり、成長スピードの加速を促すことができるのです。
仕事を教える場合は行動ベースで教える
仕事を教える場合に、行動の結果を指示内容にしてしまっているケースはないでしょうか。
たとえば、「会議に出席したら必ず議事録を取るように」「備忘録になるだけでなく、出席者の理解の確認にもなるから」と指導したとします。しかし、「議事録ができあがる」のは結果に過ぎません。
これでは具体的にどのように議事録を取ればいいのか、部下が取るべき行動のプロセスが明確に伝わっていない可能性があります。
《会議の議事録を取ることについての行動ベースの教え方》
- 議事録は事実ベースで記載し、主観を交えない
- 決定事項と検討事項、進捗報告の3つに分けて記載する
- 検討事項はいつまでに決めるのかを明記する
- 発言者が誰であるのかを明記する
- 一言一句をメモするのではなく、1つの項目を一通り聞いて要点を絞る
これらは、日々会議や打ち合わせに参加し、議事録を取る機会も多い人にとっては「当たり前のことじゃないか」と思われがちなものばかりです。しかし、仮に「議事録を取る」ことについて教えるのであれば、これだけ行動ベースで伝えておくべき事項があるわけです。
段階を踏んで任せ、ある段階から一任する
仕事を教える際に、良くない仕事の振り方には2パターンがあります。
- 丸投げする(管理職が進捗を把握しない)
- 管理職が仕事を抱え込む(部下には雑用しか任せない)
いずれの仕事の振り方にも欠如しているのは「段階を踏んで仕事を任せる」という観点です。
俗に「徐々に任せる」と言われたりしますが、「徐々に」仕事を振るためには、管理職自身が該当する仕事の流れを把握し、仕事を細かく切り分ける必要があります。
そのためには、その仕事を客観的に分析し、どのスキルレベルの人にどの段階まで任せられるかを見極める視点も求められます。
そして、段階を踏んで任せつつ、ある段階まで来たら一気に任せてしまう決断をすることも大切です。
部下の側としても、いつまでも「いざとなれば上司がフォローしてくれる」と思っていると、自分で責任を持って仕事を完結させようという意識を持ちにくくなります。丸投げでない一任の仕方をするためにも、段階を踏んで任せながら様子を見る期間が必要になるのです。
マニュアルはお互いにとって時間節約のためと位置づける
育成の際によく挙がる話題の1つに「マニュアルは必要か?」があります。マニュアルを作成することで、教わる側が自分の頭で考えなくなるのではないか、と危惧する人もいるでしょう。
しかし、大枠での仕事の流れや原理原則についてはマニュアルがあったほうが何かと便利です。
マニュアルを見ればあらゆることが載っている、というわけではなく、あくまで初期段階において仕事の概要を把握し、基本的な流れを知ってもらうためのものとして位置づけましょう。
可視化されたマニュアルがあることによって、全てのことを口頭で説明したりやって見せたりする時間を省略することができ、上司にとっても部下にとっても時間を節約する効果が期待できます。
「教える技術」の磨き方——行動編
次に、教える技術を磨くにあたって役立つ、実践的な「行動」について見ていきましょう。
教える技術を磨くためのノウハウが書かれたビジネス書は数多く出版されていますが、「考え方や心構えは分かったけれども、いざ部下に教えようとすると上手に教えられない」と感じたことはありませんか?こうしたことが起こるのは、学んだ事柄が具体的な行動に十分反映されていないからです。
実際に教えるとき、どのような行動に気をつけたらいいのか、4つのポイントを確認しましょう。
「伝える」「説明する」「やって見せる」の違い
「言ったはずのことができない」「説明したはずなのに理解できていない」と感じたことはないでしょうか。
「伝えた」「説明した」というのは、多くの場合において「伝えた側」「説明した側」の理屈なのです。
「伝えられた」「説明された」側としては、「それで、結局何をすればいいのだろう?」と感じている可能性は十分にあります。
そこで、教えたことは必ず一度は「上司が自らやってみせる」ようにしましょう。
百聞は一見に如かずで、言葉で聞いただけでは聞き逃していたことに気づいたり、実感を伴って「こうやればいいのか」と納得しやすくなったりする効果があります。また、「実際にやって見せてもらった」という記憶は、聞いただけの記憶よりも頭に残りやすくなるメリットもあります。
一度教えたことを事例ごとに振り返って確認する
一度教えただけですべてを完璧にこなせる人ばかりだったとしたら、人材育成は非常に楽になるでしょう。
しかし、実際には一度教えたからと言って十分に理解できていないことが出てきたり、漏れが生じたりするのは決してめずらしいことではありません。
教えたことが実際の場面で確認できるような事例に出合ったら、「以前、まさにこれについて説明したことがあったよね?」と振り返り、「あのとき教わったのは、こういうことだったのか」と再認識してもらうことが大切です。
また、部下が自分で実践したことについてはフィードバックを行い、できていたことや次の機会に留意して欲しいことを伝えましょう。こうすることで、部下の側としても理解度を確認しやすくなり、自分の課題点や努力すべきポイントが分かりやすくなるはずです。
よく観察して具体的な行動や小さな実績を褒める
人材育成においては「褒める」ことが重要とよく言われます。とくに若手の育成においては、厳しく接するのではなく、褒めて伸ばすほうが効果的と言われることが増えてきました。
ただし、褒めることにも技術が必要です。見当違いなところで「いいね」「すばらしい」などと言われても、褒められた側は単に「お世辞」を言われたと捉える可能性が高いものです。
褒める際には「具体的に」「的確に」褒める必要があります。
的確に褒めるために、日頃から部下の行動をよく観察しておきましょう。
「今日、お客様に○○という言葉をかけたよね。ああやって言われると、お客様も前向きに検討しなくてはと思うはずだよ。あの一言はとても効果的だった」といったように、具体的な事象に対して褒めることで、部下は「自分のことをよく見てくれている」と感じ、自らより良くしようと改善策を考えたり、自己成長していこうというマインドになってくれたりするのです。
叱るときは事実ベースで注意を促し、再発防止策を一緒に考える
教えたことが守られていなかったり、教えたこととは違う行動をして周囲に迷惑をかけたりした際には、部下を「叱る」ことも必要になります。
ただし、叱るというのは「叱責する」ことではありません。部下が「あの行動は良くなかった」と自覚を持ち、「次は○○に気をつけなくては」と実感してくれればいいのです。
そのためには、教える側は事実ベースで改善点を挙げることが大切です。「なぜもっとしっかりやろうとしないんだ」「だからお前はダメなんだ」などと感情を交えた叱り方をしてしまうと、部下が反感を抱いたり人格を否定されたと感じたりする原因になります。
上司が一緒になって再発防止策を考える姿勢を見せることも大切です。「一度失敗しても『次』に期待してくれている」と伝わることによって、部下は自らの行動を振り返り、本心から「気をつけなくては」「直さなくては」と感じてくれるからです。
まとめ)教える技術を向上させるには努力と忍耐が不可欠
この記事でご紹介した教える技術は「テクニック」ではありません。
また、知識を蓄積して実践することで身につく「スキル」とも違ったところがあります。人にものを教える場合、教える相手によって理解度や得意・不得意が異なるため、「この教え方がベスト」といったセオリーが存在しないのは悩ましいところです。
教える側も、教わる相手の理解度を見ながら、根気強くトライアンドエラーをくり返していくしかありません。教える技術を向上させるには、大変な努力と忍耐を必要とするのです。
しかし、人材を育て後進を輩出することに長けたマネージャーは、時代が変わっても通用する「人間力」を持った上司として活躍し続けていくことができるはずです。
教える技術を向上させて、マネージャーとしてのレベルアップを図るべく、積極的にトライアンドエラーを繰り返していきましょう。
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